近年、大人の百日咳患者数が全国的に増加傾向にあり、深刻な健康問題として注目されています。
本記事では、大人の百日咳予防に焦点を当て、ワクチン接種から日常的な感染対策、特にマスクの選択と正しい使用方法まで、包括的な予防戦略を詳しく解説します。
1.大人の百日咳の予防が大切な理由
百日咳は従来、乳幼児の疾患として認識されてきました。
しかし、最近では成人においても重篤な症状を引き起こし、時として生命に関わる合併症を招く可能性があることが明らかになっています。
また、軽症であっても大人の百日咳は、強い感染力が問題です。
成人患者が適切な予防対策や感染拡大対策を講じないまま日常生活を送ることで、家族や職場、地域社会への感染拡大のリスクが高まります。
特に、免疫力の低い乳幼児や高齢者への感染は重篤な結果を招く可能性があります。
そのため、大人の百日咳の予防対策は個人の健康保護だけでなく、社会全体の公衆衛生の観点からも極めて重要です。
<参考記事>
【2025年最新】大人の百日咳の症状や原因・治療・予防の対策
百日咳の予防におすすめのマスク |
2.百日咳の基礎知識
百日咳は、百日咳菌(Bordetella pertussis:ボルデテラ・パーテュシス)による急性の呼吸器感染症です。
その名前が示すように、特徴的な痙攣性の咳が長期間続くことで知られています。
この疾患を理解することは、効果的な予防戦略を立てる上で不可欠です。
1)症状:大人と子どもの違い
大人と子どもでは症状の現れ方に違いがあります。
乳幼児では典型的な「ヒューヒュー」という吸気性の喘鳴を伴う激しい咳発作が見られますが、成人では比較的軽微な症状から始まることが多く、初期段階では風邪と区別がつきにくいのが特徴です。
しかし、進行すると持続的な咳、特に夜間の激しい咳発作、嘔吐を伴う咳などが現れ、日常生活に大きな支障をきたします。
2)感染経路と感染力
感染経路は主に飛沫感染です。患者の咳やくしゃみによって空気中に放出された細かい飛沫を吸い込むことで感染が成立します。
潜伏期間は通常7~14日です。発症前後が特に感染力の強い時期とされ、症状が軽くても周囲に感染させる恐れがあります。
特に注意すべきは、症状が軽微な初期段階でも高い感染力を持つことです。
百日咳の感染力は非常に強く、基本再生産数(R0)は15~17とされており、これは麻疹に次ぐ高い数値です。
未治療の患者は発症から3週間程度にわたって感染力を保持し、適切な抗菌薬治療を受けない限り、周囲への感染リスクは持続します。
この高い感染力こそが、個人レベルでの予防対策の重要性を物語っています。
3)百日咳の治療
大人の百日咳の治療の中心となるのはマクロライド系抗菌薬(エリスロマイシンやクラリスロマイシン、アジスロマイシンなど)で、発症早期に内服することで菌の排出期間を短縮し、他者への感染を防ぐ効果が期待できます。
ただし、近年はマクロライド耐性百日咳菌(MRBP)も報告されており、この場合は効果が不十分なことがあります。
その際には、ニューキノロン系(レボフロキサシンなど)やテトラサイクリン系(ミノサイクリン、ドキシサイクリンなど)が代替薬として用いられます。
これらは成人に使用可能ですが、副作用や耐性菌リスクもあるため、医師の判断に基づいて処方されます。
また、咳自体は気道の炎症によって長く続くため、抗菌薬を開始しても数週間は症状が残ることがあります。
そのため、鎮咳薬(せき止め)や去痰薬などの対症療法を併用して症状を和らげることもあります。重症例では入院が必要になることもあります。
さらに、百日咳は家庭内での二次感染が起こりやすいため、治療と並行してマスクの着用・手洗い・十分な休養が重要です。特に乳幼児や高齢者に感染させないよう、周囲への配慮も欠かせません。
3.ワクチン接種による百日咳の予防
百日咳予防の最も効果的な手段は、ワクチン接種です。成人に対しては複数のワクチンオプションがあり、それぞれの特徴を理解した上で適切な接種計画を立てることが重要です。
1)成人向けワクチンの種類と効果
現在日本で使用されている成人向け百日咳ワクチンには、主にDPT(三種混合)ワクチンとTdap(破傷風・ジフテリア・百日咳)ワクチンがあります。
DPTワクチンは百日咳、ジフテリア、破傷風の予防を目的とし、Tdapワクチンは成人用に調整された低濃度の抗原を含有しています。
これらのワクチンの予防効果は約85~95%とされており、接種により重症化リスクを大幅に軽減できます。
ワクチン接種後の抗体価は時間とともに減衰しますが、接種から10年程度は一定の予防効果が期待できます。
ただし、完全に感染を防ぐものではないため、ワクチン接種と併せて他の予防対策を継続することが重要です。
推奨される接種スケジュール
対象者 | スケジュール |
基礎免疫が完了していない成人 | 初回接種後、4~8週間間隔で2回目を接種 さらに6~12ヶ月後に3回目を接種 |
既に基礎免疫を受けている成人 | 前回接種から10年以上経過している場合に1回の追加接種 |
2)追加接種の必要性
百日咳ワクチンによる免疫は永続的ではありません。
ワクチン接種後の抗体価は徐々に減衰し、5~10年で予防効果が大幅に低下することが知られています。
このため、定期的な追加接種(ブースター接種)が推奨されています。
特に重要なのは、妊娠を計画している女性や、乳幼児と密接に接触する可能性のある成人です。
妊娠中の女性が百日咳ワクチンを接種することで、生まれてくる赤ちゃんに母体からの移行抗体を提供し、生後数ヶ月間の感染リスクを軽減できます。
3)特に接種が推奨される人
医療従事者は患者との接触機会が多く、感染リスクが高いだけでなく、院内感染の感染源となる可能性があるため、優先的な接種対象です。
教育関係者も同様に、多数の児童・生徒との接触があり、集団感染の起点となるリスクがあります。
乳幼児と同居する家族や、保育施設で働く職員、高齢者施設の職員なども、脆弱な集団への感染を防ぐ観点から積極的な接種が推奨されます。
また、慢性呼吸器疾患や免疫不全状態にある人は重症化リスクが高いため、医師と相談の上、適切な時期での接種を検討すべきです。
4.マスクによる百日咳の予防対策
百日咳は、感染者が咳やくしゃみをしたときのしぶき(飛沫)に含まれる菌を吸い込むことで広がります。
飛沫は1~2メートル以内に届くため、マスクを着けることは自分を守るだけでなく、周囲に広げないためにも重要です。
適切なマスクの着用により感染リスクを大幅に軽減できます。
マスクを効果的に使うポイントは、次のとおりです。
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1)一般的な不織布マスク
日常的な百日咳予防には不織布マスクが最も推奨されます。
ポリプロピレンなどの繊維を重ね合わせた構造で、細かい飛沫を効率よくブロックする上に、価格も手頃で入手しやすいのが特徴です。
フィルター性能は80~95%。咳やくしゃみの飛沫をしっかり捕らえます。
鼻やあごを完全に覆い、すき間がないように装着することが大切です。
2)高機能マスク
高機能マスクは、医療機関受診時や、人が多い室内イベントなど「感染リスクが高い環境」で特に有効です。
また、高齢の方や他の病気で免疫力が低い方が百日咳を含む感染症を予防したい場合におすすめです。
高機能マスクは3種類ありますが、それほど大きな差はありません。
①J95マスク
J95マスクは日本人の顔型に合わせて設計された医療レベルの高機能マスクです。
隙間ができにくいためフィット感に優れ、長時間の装着でも効果を保ちやすいのが特徴です。
フィルター性能はN95と同等で、0.3μm以上の微粒子を95%以上捕集できます。
日本の医療機関や高リスク環境でも使用され、感染症予防に信頼できる選択肢といえます。
②N95マスク
N95マスクは米国の国家規格に基づいた高性能マスクで、医療従事者も使用する標準的な防護具です。
0.3μm以上の微粒子を95%以上除去する性能を持ち、百日咳やインフルエンザなど飛沫感染症の予防に非常に有効です。
顔への密着度が高いため、正しい装着が重要です。特に病院受診時や感染者に接する可能性がある場面で推奨されます。
③KF94マスク
KF94マスクは韓国の規格に基づく高性能マスクで、フィルター効率は約94%です。
立体的なデザインにより口元に空間ができ、呼吸がしやすいのが特徴です。
性能はN95とほぼ同等でありながら、快適性も高いため、日常的な使用にも向いています。
人が多く集まるイベントや公共交通機関を利用する際などに効果的です。
マスク | 規格 | おすすめポイント |
J95 | 日本規格 | フィット性重視 |
N95 | 米国規格 | 医療現場実績 |
KF95 | 韓国規格 | 呼吸がしやすい |
<参考記事>
百日咳の予防におすすめのマスク |
3)ウレタンマスクや布マスクの限界
ウレタンマスクや布マスクは快適性では優れていますが、フィルター効率は不織布マスクに劣ります。
ファッション性を重視する場合の使用ではよいですが、予防重視なら不織布や高機能マスクを選びましょう。
特に、百日咳のような感染力の強い疾患に対しては、不織布マスクの中で高い性能を持つマスクの使用が推奨されます。
5.日常生活での感染予防対策
1)手洗い・うがい
ワクチン接種と並行して実施すべき基本的な感染対策は、手洗いとうがいの徹底です。
手洗いは流水と石けんを用いて20秒以上行い、指先、指の間、手首まで丁寧に洗浄します。
アルコール系手指消毒剤も効果的で、外出先では携帯用のものを活用しましょう。
2)流行期間は人混みを避ける
人混みを避けることは、百日咳予防の基本的な戦略の一つです。
特に流行期間中は、不必要な外出や大規模なイベントへの参加を控えることが推奨されます。
やむを得ず人混みに出る場合は、滞在時間を最小限にし、適切なマスクの着用と手洗いを徹底します。
3)定期的な換気
室内の換気対策も重要です。百日咳菌を含む飛沫は空気中に一定時間浮遊するため、定期的な換気により室内の汚染空気を排出し、新鮮な空気と入れ替えることが感染リスクの軽減につながります。1時間に2回以上、5~10分程度の換気を行うことが推奨されます。
4)体調管理による予防
免疫力の維持・向上は、感染症予防の基本です。
バランスの良い栄養摂取、特にビタミン類や亜鉛などの免疫機能に関わる栄養素を意識的に摂取しましょう。
また、規則正しい生活リズム、適度な運動、ストレス管理も免疫力維持に重要です。
成人では1日7~8時間の質の良い睡眠を確保し、睡眠不足により免疫力が低下することを防ぎます。
また、過度なアルコール摂取や喫煙は免疫機能を低下させるため、控えるか、または禁酒・禁煙することが推奨されます。
6.職場・家庭での予防対策
1)職場での集団感染予防
職場における百日咳の集団感染を防ぐには、組織的な取り組みが重要です。体調不良時の出勤停止は、感染拡大防止の基本的な対策です。
発熱、咳、倦怠感などの症状がある従業員は、症状が改善するまで出勤を控え、必要に応じて医療機関を受診します。
職場での感染対策ガイドラインの策定と実施も重要です。
定期的な手洗いの励行、共用設備の消毒、会議室や休憩室の換気、対面での長時間の会話を避ける工夫などを組織的に実施します。
特に、カスタマーサービスや営業など、多数の人と接触する職種では、より厳格な対策が必要です。
2)家庭内感染の予防
家庭内での感染予防は、特に乳幼児や高齢者がいる場合に重要です。
家族間での感染を防ぐため、症状のある家族メンバーは可能な限り他の家族との接触を避け、マスクの着用、手洗いの徹底、使用するタオルや食器の分離などの対策を講じます。
乳幼児がいる家庭では、特別な配慮が必要です。乳幼児は百日咳により重篤な症状を呈する可能性が高いため、大人の家族は全員がワクチン接種を受け、外出時の感染対策を徹底します。
また、来客の制限や、症状のある人の乳幼児への接触禁止も重要な対策です。
7.百日咳が疑われる場合は早期受診が大切
1)大人の百日咳の初期症状
百日咳の早期発見は、適切な治療と感染拡大防止の観点から極めて重要です。
成人の百日咳は初期段階では風邪症状と非常に似ているため、注意深い観察が必要です。
風邪との主な違いは、咳の特徴と持続期間です。百日咳では乾いた咳が持続し、特に夜間に激しくなる傾向があります。
また、咳が2週間以上続く場合は、百日咳の可能性を疑う必要があります。発熱は軽微または無熱のことが多く、鼻水や咽頭痛などの上気道症状は比較的軽微です。
2)疑わしい症状がある場合の対応
百日咳を疑う症状がある場合は、速やかに医療機関を受診します。
受診時は、症状の詳細(咳の性状、持続期間、随伴症状)、最近の接触歴、ワクチン接種歴などを医師に正確に伝えます。
周囲への感染拡大を防ぐため、感染が疑わしい場合は必ずマスクを着用し、公共交通機関の利用はできるだけ避けます。
また、症状がある間は出勤や外出を控え、家族や同僚への感染リスクを最小限に抑えます。
もちろん、受診の際もマスクを着用しましょう。
3)咳エチケットも守ろう
咳エチケットの実践も重要です。咳やくしゃみをする際は、ティッシュで口と鼻を覆い、使用後は直ちに廃棄します。
ティッシュがない場合は、上着の内側や袖で覆うようにし、手で直接覆うことは避けます。
これらの基本的な対策は、百日咳だけでなく他の呼吸器感染症の予防にも有効です。
8.百日咳の予防に関するよくある質問
Q1.子どもの頃にワクチンを接種していれば、大人になっても百日咳にかからないのでしょうか?
いいえ、子どもの頃のワクチン接種だけでは大人になってからの感染を完全に防ぐことはできません。
百日咳ワクチンの効果は永続的ではなく、接種から5~10年で抗体価が大幅に低下します。
そのため、大人になってからも定期的な追加接種(ブースター接種)が推奨されています。
特に妊娠を予定している女性や、乳幼児と接触する機会の多い方は、医師と相談の上、適切な時期での追加接種を検討することが重要です。
Q2.百日咳の症状が出てからワクチンを接種しても効果はありますか?
症状が出てからのワクチン接種は、その時の感染に対する治療効果は期待できません。
ワクチンは予防を目的とするもので、既に感染が成立している場合の治療には適用されません。
症状が出た場合は、速やかに医療機関を受診し、適切な抗菌薬治療を受けることが重要です。
ただし、将来的な感染予防のためには、症状が改善した後に医師と相談してワクチン接種を検討することは有効です。
Q3.家族が百日咳にかかった場合、どのような予防対策を取るべきでしょうか?
家族内感染を防ぐために以下の対策を実施してください。
- 患者の隔離: 可能な限り患者を他の家族から隔離し、別室で過ごす
- マスクの着用: 患者は常時マスクを着用し、家族も患者と接触する際はマスクを着用
- 手洗いの徹底: 接触後は必ず石けんで20秒以上手洗いを行う
- 共用物の分離: タオル、食器、歯ブラシなどの共用を避ける
- 換気の徹底: 1時間に2回以上、5~10分程度の換気を行う
- 医師への相談: 家族の中で症状が出た方がいる場合は、速やかに医師に相談
特に乳幼児や高齢者がいる家庭では、より厳格な対策が必要です。
Q4.妊娠中に百日咳ワクチンを接種しても安全ですか?
妊娠中の百日咳ワクチン接種は、適切な時期に行えば母子ともに安全で、むしろ推奨されています。
妊娠27~36週頃(妊娠後期)の接種が最も効果的とされており、母体で作られた抗体が胎盤を通じて赤ちゃんに移行し、生後数か月間の感染リスクを軽減できます。
ただし、妊娠初期(特に妊娠12週まで)での接種は一般的に推奨されていません。
妊娠中のワクチン接種については、必ず産婦人科医と相談し、個人の健康状態や妊娠週数を考慮した上で判断してください。
Q5.不織布マスクと高機能マスクでは、百日咳予防効果にどの程度違いがありますか?
不織布マスクのフィルター効率は、80~95%ですが、高機能マスク(N95、J95、KF94)のフィルター効率は、94~95%以上です。
日常生活では不織布マスクで十分な予防効果が得られますが、感染者との濃厚接触の可能性がある場合や、医療機関を受診する際などは高機能マスクの使用をおすすめします。
重要なのは、どのマスクを使用する場合も正しい装着方法を守ることです。
Q6.百日咳の流行時期と対策は?
百日咳は、春から初夏(3~6月)にかけて患者数が増加する傾向があります。
また、秋(9~11月)にも小規模な流行が見られることがあります。
流行は、学校や保育施設での集団生活が始まる時期と重なりやすい傾向にあります。
ただし、百日咳は年間を通じて発生する可能性があるため、季節に関係なく基本的な予防対策(手洗い、マスク着用、適切な換気など)を継続することが重要です。
特に乳幼児や高齢者と接触する機会の多い方は、年間を通じた注意が必要です。
9.まとめ
個人でできる具体的な行動計画
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大人の百日咳予防は、個人の健康保護と社会全体の公衆衛生の両面で重要な意義を持ちます。
効果的な予防には、ワクチン接種に加えてうがいと手洗い、適切なマスクの選択と使用、体調管理などが大切です。
一方、百日咳の感染が疑われる場合は、早期発見・早期治療が必要です。
予防接種の相談、症状に関する問い合わせ、感染が疑われる場合の対応について、適切な医療機関や保健所に相談し、専門的な指導を受けることで、より効果的な予防と早期対応が可能になります。
本記事で紹介した対策を日常生活に取り入れ、自分自身と周囲の人々の健康を守りましょう。
<参照元>
ファイザー株式会社「百日せき | ワクチンで予防できる疾患」
カラダ内科クリニック「百日咳が流行中!成人の三種混合ワクチン「トリビック」とは?」
さいとう内科クリニック「【2025年最新情報】百日咳、流行しています。大人も見逃し厳禁!」(2025年6月)
一般社団法人 職業感染制御研究会「N95マスクの選び方・使い方」
公益財団法人長寿科学振興財団「感染防止のためのマスクの効果・選び方・注意点」
免責事項 本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の医学的アドバイスではありません。 症状がある場合や予防接種について詳しい相談が必要な場合は、必ず医療機関を受診し、医師にご相談ください。 また、ワクチンの接種可否や時期については、個人の健康状態や既往歴により判断が異なるため、専門医との相談が不可欠です。 |
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